数ヶ月前、携帯電話をスマートフォンに替えた。ほとんど使いこなせていないが、膨大なアプリケーションを有していることだけは分かった。何かと話題の「彼氏追跡アプリ」なるものなどオジサンの頭ではもはや理解不能だ。メーカーではこれらを「高機能携帯電話」と言っているが、要するに「多機能」ではないだろうか。
そのことと自動車を無理やり結びつけるつもりはないが、あえて言えば自動車も電話も基本的には「単一機能商品」だ。片やパーソナルな移動手段、片やパーソナルな通信会話手段という機能こそ最大の目的であり役割だ。が、少なくてもスマートフォンは、携帯電話というよりも超ハンディな「電話も出来るタッチパネルPC」と解釈した方が当たっている。当方にとっては「電話もできる万歩計」に成り下がっているが・・・。
では自動車はどうか。内燃機関を中心に約120年もの間ほとんど一度も迷うことなくヒトやモノの移動ツールであり続けている。付加価値としての性能、大きさや装備などの違いが自動車ごとにあるものの、今も自動車が持つ最大の機能は「移動の一手段」であることに変わりはない。
果たしてEVは単に自動車なのか? 何をマヌケなこと言ってるんだ! と怒られるかもしれないが、「スマート移動体」というEVならではのポテンシャルを持つからに他ならない。
思うに、現状の自動車と同等の能力(主に航続距離や給エネに伴う所要時間など)をEVが有するためには、電池、充電方法を質量ともに劇的に向上させるしかない。果たしてその一点だけからEVは始まっていいのだろうか。
バッテリー交換式のインフラを進めるベタープレイス事業企画本部長の三村真宗氏は「EVは普通乗用車に近いんですよ、という売り方をしてしまうと航続距離やインフラ整備の面ばかりが取り沙汰されてしまいます。EVの得意なところで勝負しなければ意味がありません。EVに限りませんが、革新的な製品ほど最初はセグメントを絞っていかなければいけないと考えています」(レスポンス自動車ニュース)と語っている。
言い換えれば、EVは独自の移動体として、求められるであろう「使用環境や状況」を創造していかねばならない、ともとれる。
VW「NILS」 1 人乗りで車両重量が460kgと超軽量なコンセプトカー。サイズは全長3040×全幅390×全高1200mmだ。電気駆動システムはわずか19kgに抑 えられた軽量電気モーターと二次電池に5.3kWhの電気容量を持つLiバッテリーという組み合わせで後輪を駆動。65kmの航続距離と、実に 130km/hの最高速度を実現している。少々元気が良すぎるEVコンセプトだが、まさしく「小さいが安っぽくない」。(出典:VWインターナショナル)
アウディ「A2コンセプト」 VW「NILS」同様、フランクフルトモーターショーに出展されたコンセプトEV。コンパクト・プレミアムはまさにアウディのお家芸で、4座それぞれが独 立するインテリアは「小さいが高級車」を演出する。EVとしてのパワートレーン詳細は明らかにしていないがボディサイズは 3800×1690×1490mm(全長×全幅×全高)とA1より170mm短く50mm狭い。(出典:アウディAG)
EVは、革命的なビジネス素材
東京大学サスティナビリティ学連携研究機構特任教授の村沢義久氏は、「V2H(Vehicle to Home)を実現し、多くの世帯や事業所で太陽光発電や深夜電力の蓄電装置としても活用できるようになれば、地域単位のスマートグリッドのベースが出来上がることになる。東日本大震災や原発事故といった不安定な状況の中でもEVは進化を続けている。T型フォード登場から“100年目の革命”が静かに、着実に進行している。影響は自動車産業内にとどまらず、多くの産業を巻き込み、社会全体に波及していく」と説く。(ECO Japan)
村 沢義久氏が説く次世代電力エネルギー循環の構図。EVの駆動用バッテリーを住宅用の蓄電池として活用するV2Hを実現し、多くの世帯や事業所で太陽光発電 や深夜電力の蓄電装置としても活用できるようになれば地域単位のスマートグリッドのベースが出来上がることになる。当然ながら発送電分離、現状の地域独占や総括原価方式の見直しなど、生活者優先の電力エネルギー改革が前提になるであろう。(出典:村沢義久氏)
このサスティナビリティ(持続可能性)との取り組みと可能性に関しては、アクアビット代表の田中栄氏も「未来予測 自動車はこう変わる」の中で次のように語っている。
「2015年ころには、エネルギーや天然資源など、あらゆるものが足りなくなるという懸念が強まり、サスティナビリティに対する意識が高まっていく。多くの材料を使った複雑なテクノロジーよりも、軽くて小さくシンプルなものを追求したほうがずっと良い、という雰囲気へと変わるはずだ。そこでEVへの注目が一気に高まるだろう」。
そして、「今後、世界的なテーマが『サスティナビリティ』となり、自動車の最重要課題は『資源やエネルギーをどのように持続させるか』へと変わっていく。社会環境やエネルギーの変化に伴い、自動車に関連するあらゆる材料も大きく変化するだろう」とも予測する。
その具体的なハードとしては、「先進国では、核家族化や都市集中、環境意識の高まり、燃料費の高騰などを背景に小型の乗り物が求められるようになっていく。移動の足が主に二輪車である新興国でも、二輪車と四輪車の中間に位置するような、新しいタイプの自動車のニーズが高まるだろう。小型な電動モビリティがパーソナル・カーとして、これからの先進国と新興国の両方で主役になる」と予測。
ソフト面では、「自動車ビジネスを物販というビジネスモデルの枠内でとらえることの限界を示している。クルマを買ってもらったらそれで終わり、ではなく、買ってもらった後もサービスで利益を出していくというモデルへの転換が迫られることになるだろう。すなわち、『自動車というハード』と『サービスというソフト』が融合した『自動車サービス産業』への転換が始まる」とも予測している。まさしく、中身は違えども携帯電話のアプリに相当するものをEVで行える可能性を示唆しているようだ。
EVは「もう一つの自動車」を提案すべき
そこで本稿からの提案は、
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EVは、既成の自動車路線をトレースするのではなく、EVだから出来る使い方をまずマーケットに提示していく。例えば自動車の常識は「屋外」を走ることだが、EVなら「屋内」でも走れる。そういうところに注目すると果たして何が出来るのか、というような既成概念を超えた視点が重要だ。発展途上とはいえ、日本のEV周辺技術はほぼ確立されている。しかし現時点での物理的な航続距離や給電方法は限られる。だとすれば、その範囲(決して小さくないものと想像する)で何が出来、何が優れているかを早急に見つけ、示すことだ。最大公約数型の移動手段というよりも、その地域、人、事業者の実情や使い方に合わせたローカル・スペシャルがEVに求められていくだろう。この構図はエネルギー需給の「地域分散型」と並行して見据えるべきだろう。
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そのための行政や地方自治体の意識、知見は肝心だが、何よりも「利用者にとって意義あるモビリティ」であることが最優先だ。その源泉は「夢かもしれないが・・・」を積極的に提示・模索していくことかもしれない。もちろん、大半のEVは公道上を走る以上、最大限の安心、安全への配慮は重要課題だ。が、EV周辺事業を次世代成長戦略施策として捉え、縦割りを超えて、「規制」ではなくむしろ「支援」であるべきではなかろうか。
前述の田中氏は、「先進国で積極的に小さい自動車に乗るという新しい価値観が台頭する。コストが安いから小さなクルマを選ぶのではなく、『デカいクルマはダサい』から小さいものを選ぶのである。このとき重要なのは、『小さくても安っぽくないこと』だ。単なるコストダウン優先の設計思想では、先進国市場で成功を収めることはできないだろう。(中略)自動車とロボットのどちらにも分類できないような、新しいタイプのパーソナル・モビリティも登場するだろう。そうして20世紀型の自動車の概念が様変わりすると同時に、事業領域も、建設、医療、軍事分野、あるいはエンターテインメント性を含んだ新しい分野などへと、大きく広がっていく」と語る。
今EVは草創期を完了し、具体的な活用期に突入した。そこを発展的に進めていくために何より重要なことは「利用者にとっての新しい満足の発掘と創造」だ。今までと違うモビリティ・トレンドを形成するきっかけや機会は、もうすぐそこにきている。